乱世を生き抜く原理原則を伝える人生学習塾「格闘塾」

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9月1日朝刊:「防災の日」

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格闘塾入魂通信
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今日も
いいこと言って
いいことして
いいこと思って
いい人になろう

(三重県伊勢市「修養団」中山靖雄先生のお言葉)

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【烈生美死】(れっせいびし)の日曜日!

烈生美死とは、私の造語で、
烈しく生きなければ
美しく死ねない
の思いを込めた言葉

破天荒に奇天烈に、烈しく生きることが
死ぬときに、後悔なく、笑顔で、美しく死ねる生き方

今日を、熱く生きる
今日を、本気で生きる
今日を、圧倒的に生きる

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Never underestimate the power of love
愛の力を過小評価しない

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【 あれから24年 】

今日は防災の日。

私の阪神淡路大震災の経験をシェアします。

今から24年前の1995年1月17日は
私にとっても、とても大切な日になりました。
阪神淡路大震災が、起こった日です。

私が死ぬ時に振り返っても、
これほどのことはなかったと思うような日です。

現在の塾生は、阪神淡路大震災後に生まれ、
経験した者の義務として、きちんと語り継いでいかなければいけない!
と意を新たにしています。

今日も、授業の大半を費やし、震災の経験を淡々と語ります。
来年も、再来年も、私が生きている限り、語り継いでいきます。

24年前の1月17日は、大阪の淀川の近所に住んでいました。
当時、毎朝4時過ぎには起きて、淀川の堤防をマラソンをしていました。
その日も前日と同じように起きて、堤防に上がると・・・
ちょっとした異変に気づきました。

空がいやに明るいのです。

曇っていたようでしたが、雲間から見えるその奥がいやに明るくて、
走る時間を間違えたのかなぁと時計を見直したほどでした。

マラソンを終えて、5時過ぎに帰宅し、
シャワーを浴び、テレビのスイッチを入れました。

関西ローカルの朝の番組にチャンネルを合わせて、
食卓に座り、コーヒーを入れて、飲んでいたときでした。

テレビの画面では女性アナが何やら話していたとき、
部屋の外からゴーっという不気味な音が聞こえて来たと思ったら、
キャーとテレビから悲鳴が聞こえ、電気が切れました。

その当時の映像がYouTubeにありました。
(見れない方は、youtubeで、「阪神淡路大震災 おはよう」で検索してください)

その途端、至近距離から全力で背中を押されているかのような揺れを感じました。

私の田舎が北海道の十勝地方で、
結構大きな地震は経験しているのですが、
今回のヤツは、それを明らかに超えていました。

強烈な横揺れを感じたと同時に、部屋の電気が消え、
聞こえてくるのは、食器が割れ、何かが倒れた音だけでした。

地震の後、大阪では、数分で電気も回復し、
部屋を見回すと、蔵書2000冊は私の布団の上にばら撒かれていました。
パソコンは倒れ、タンスは移動していました。
食器棚の食器はほぼ全壊し、床の上は靴をはかないと歩けない状態でした。

部屋の中だけを見ると、大変な地震とは思いましたが、
まさか神戸があんな風になっているとは・・・

テレビを見ていると、ヘリコプターからの報告があり、
「神戸で高速道路が倒壊した!」
「神戸のあちこちで火災が起きています」のニュースを知りました。

その日の午前8時のニュースです。

幸いにも、大阪に住む友人たちは何ともなかったのですが、
神戸の友人には全く連絡がつきませんでした。

ニュースで惨状を見て、「助けに行かないとあかん!」と大阪に住む友人4人で、
米と水だけを担げるだけ担ぎ、ハンマーとバールを持ち、
動きやすい体勢を整えて、神戸の友人の安否を確認しに出かけました。

尼崎、西宮、芦屋、灘区、中央区、兵庫区、長田区、須磨
あの光景は、目に焼きついて離れません。

墓石が転がり、木造家屋は全て傾き、潰れていました。
マンションも、途中の階が潰れていました。
一階が駐車場の二階建ての家は、平屋になっていました。
毛布をかぶり、大声を出して泣いているお年寄り、
火災を不安な眼差しで見つめるだけの人たち・・・

道路は渋滞し、歩道は人の波、
町じゅうに、どこから漏れたのか、ガス臭さが漂い、
時折襲う余震に怯える人々・・・

須磨に行くまでに、十数名の人たちを
潰れた家から助け出すことができました。
持参したバールが役立ちました。
また、それ以上の人たちの遺体を倒壊した家から出すことにも遭遇しました。

幸いに、友人たちはみな無事でした。

人の生死を数多く目の当たりにしたせいでしょう、
人生観がガラリと変わってしまいました。

いつ死ぬかわからないなぁ・・・という気持ちが、
心の土台に根を張ってしまいました。

やりたいことは先延ばしにしなくなり、
あの世に持っていけないものを
貯めることに価値を見出せなくなりました。

そして、2011年3月11日、
あんなに大きな地震が東日本を襲い、
原発事故まで引き起こすとは・・・

東日本大震災から8年が過ぎ、
東北、関東、伊豆沖、東海東南海・・・
そうです、日本中どこでも、大きな地震の危険性が高まりました。

地震だけではなく、天気も年を追うごとにおかしくなってきています。
「命を守る行動をしてください」と天気予報の女性が叫びます。
訳わかりませんね。
雨や風で命の危険があるなんて、昔は考えられませんでした。
竜巻もアメリカのものでした。
日本でも、警報が出るようになりました。
地球温暖化のせいで、台風も勢力を弱めることなく、
日本に上陸してきます。

日頃から、防災対策はしておきましょう。
3日分の食料は備蓄しておくべきです。

あと、アウトドアライフに精通すると、
被災したときに比較的快適に過ごすことが
可能になるかと思います。

防災用品は何を用意したらいいかは、
条件によって変わります
男女、季節、場所によって違いますが、

絶対に用意しておくべきものは、
・水
・食料
・スマホ
これに、自分の生活を考えて、加えていってください。

そして、基本は、体力です。精神力です。
運動は続けて、いつでも動ける身体にしておきましょう。
それと、回りの人との連携です。

阪神淡路大震災で亡くなった方のほとんどは、建物や家具の倒壊が原因。
大きなたんす、書棚など倒れそうなものは、今日にも、処置をするべきです。
ただ生存者は、大きなタンスやベッドの隣の隙間で生存していました。

東日本大震災で亡くなった方のほとんどは、溺死。
津波が来そうな場所の方は、とにかく高い場所に逃げる。
ビルは1階が3mと覚えておきましょう。
すると、5mの津波なら、最低2階に逃げればいいと判断ができます。

地震が起こる場所によって、対処が違います
常に防災意識を忘れないこと、
私たちは、大きな地震が起こる時代を生きていることを忘れないことです。

「死ぬときは死ぬからね・・・」なんて言っていないで、
自分でやれることはやっておく。
これが一人前の大人としての基本です。

Amazonで、「東京防災」と検索してください。
東京都が作成した防災に関する冊子です
Kindle版は、無料でダウンロードできますので、
ぜひ読んでおくべきです。
さまざまな情報が書かれています。
東京都民でなくても役立ちます

最後に、震災の年に、神戸の小学校の先生が作られた素晴らしい歌があります。
しあわせ運べるように」という歌です。

♪地震にも負けない
強い心を持って
亡くなった方々の分も
毎日を大切に生きていこう♪

これを聴くと、自然と涙が流れてしまいます。

我々は、いつ何があっても、
力強く前を向いて生きていかねばなりません。

「教訓を活かすこと」、
そして、「語り継いでいくこと」
これが、亡くなった方への最大の供養になると思います。

合掌・・・

さぁ、先に逝かれた方々の分まで、今日をしっかりと生き切ろう!

押忍

当然、
熱くやる!
本気でやる!
圧倒的にやる!

『キミの未来は今日作られる』

信じるに足る自分を作り上げるには、
自分で決めたことを非妥協でやり抜くことだ

だから、今日という日を
熱く明るく元気に笑顔で、
人に温かく生き切ろう!

生き切るとはふたつ

目の前の人を一生懸命に喜ばす
目の前の事を一生懸命にやり切る

さぁ、いこう!

「ポン!」(肩を叩いた音)

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